8月と言えば壮絶な戦争体験が語られるグアムで戦争し続けた日本兵士のストーリー

毎年この8月の時期がくると放送されるのが、壮絶な戦争体験記です。今夜のザ!世界仰天ニュースでは、

なんと28年間もグアムの洞穴で潜伏し生き残った横井庄一さんについての物語について放送されます。残念ながら、

横井さんはすでに1997年心臓発作で息を引きとられていますが、横井さんの残した壮絶な戦争体験は忘れられることなく

毎年語りつがれていくことでしょう。というか、戦後すでに69年が経過していますが、たとえ何百年経っても忘れてはいけないことだと思います。

 

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横井庄一さんについて

1915年3月31日愛知県生まれ、1944年にグアムに配属され、その後、日本にはとても厳しい戦争が続きました。

戦後、終戦を知らされることなくグアムで潜伏していた横井さんですが、当然戦争はまだ続いてるものと思い、

ゲリラ戦などを展開していたようです。グアムで発見されたのは1972年、当時57歳だった横井さん。帰国時に発した言葉がとても有名で

最後まで軍人らしく「恥ずかしいけれど、帰って参りました」という言葉でした。日本に帰国してからは、戦争体験を語る評論家として講演活動を行っていました。

また帰国した年にはご結婚もされたそうで本当に良かったと思います。

日本帰国後は、故郷でもある名古屋市に在住されて、戦争体験を語り続ける講演活動をされました。その後1997年に亡くなられるまでの82年間、

普通の人が体験することもないほどの壮絶で波乱万丈な人生を送られてきたわけですが、今夜その人生が世界仰天ニュースで語られます。

もちろん本人や遺族にしかわからないこともあるでしょうが、できる限り同じ日本人として理解をし、そしてこの二度と起こしてならない

戦争の悲劇について考え、なおかつご冥福をお祈りできればという気持ちでいっぱいです。

 

なぜ長期間発見されることがなかったのか?

横井さんは、グアムのジャングルに洞穴を作って潜伏していたのですが、見つからないように地元の村人の食べ物には決して

手を出さなかったといいます。このことが長期間発見されることを逃れてきたに違いありません。食べてきたものは、

ネズミやネコ、野ブタ・トカゲ・牛・鹿などからとったそうです。そして、衣類などは、横井さんが元洋服の仕立て屋だったということもあり、

木の皮をはいでアク抜きして繊維を作り、手製の機織り機まで作って布にし、その後、さらに縫い上げて時間をかけて完成させると

いった手の込んだものを作っていたそうです。まさに自給自足の生活です。この洞穴が今ではちょっとしたテーマパークとして再現されているそうです。

ただあまりにもお粗末な出来らしく、実際に足を運んだ人はかなりがっかりしたらしいです。なんでも「ヨコイケープ」とか、いった名前がついてるそうです。

本物の洞穴は、その近くの私有地にあるようで、タロホホ川の渓谷にあるようです。このへんの物語も今夜の世界仰天ニュースで暴かれるに違いありません。

何度も言いますが、戦争は反対です。戦争は、何も武器によるものだけではないと思います。言葉の暴力などもそうです。

まずは自分の身近にいる人にやさしい言葉をかけてあげること、歩みよってみることが必要なのではないでしょうか。それが世界平和の原点であると思うのです。

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2014年8月13日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:映画・テレビ

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